地方紙と都内主要部への連絡
かつて渡良瀬川下流は太日川と呼ばれ、直接東京湾に注ぐ水運上の重要な河川であり、したがって古河の地も水運の要衝であった。このような拠点性、および西方が湿地である天然の要害でもあったことから、室町時代に古河公方が移座することになった。江戸時代においても当地の重要性は変わらず、歴代古河藩主においては、大老2人のほか、老中や京都所司代などにつくものも多い、有力譜代藩であった。しかしこれら水運の良さと要害性の一方では、水害に悩まされることが多く、足尾銅山鉱毒事件の際の河川改修事業により、古河城が徹底的に破壊されることになった。
鹿嶋市は、関東地方東部、茨城県南東部に位置する市。鹿島臨海工業地帯をもつ工業都市である。常陸国一宮である鹿島神宮の門前町として栄えた。現在は神栖市とともに重要港湾である鹿島港を中心とした鹿島臨海工業地帯を形成し、住友金属工業の企業城下町として鉄鋼企業を中心に工業が盛んな都市である。また、Jリーグ鹿島アントラーズのホームタウンの中心であり、サッカーが定着している。
「吉野の桜」とは、本来この山桜を指すものであり、日本の象徴とされた桜でもある。長寿な種であり、尾所には樹齢500年を越えるものが見られる。奈良県吉野山中千本付近のシロヤマザクラの眺望ヤマザクラに類する品種の桜をヤマザクラ群と呼ぶ。オオシマザクラやオオヤマザクラ、カスミザクラなどが有名である。
北部と南部では地域色が異なっており、北部で人口が減少し、南部で人口が増加傾向にある状態を「南北格差」又は「南北問題」と呼ぶ事がある。旧新治県でも、国道51号沿線と国道6号沿線、旧印旛県でも国道6号沿線、つくばエクスプレス沿線、県西地域とでは、経済的基盤も異なっている。地域格差を解消するための施策として、県では、2006年から2010年度までの5ヶ年計画で、鹿行・県南・県西の各地域を「南部広域連携圏」とし、県北山間・県北臨海・県央の各地域を「北部広域連携圏」に分けた展開の方向性を示している。「南部圏」は、南関東との更なる連携を強める交通インフラに重点を置いた地域造りを、「北部圏」は、北関東における物流拠点や先端産業拠点と、広域交通基盤の整備を目指している。 また、県庁内に、県北地域の振興を専門に行なう県北振興室が新設され、県北地域振興を担うグリーンふるさと振興機構とともに、「いばらき さとやま生活」 と名付けた主に団塊世代をターゲットにした移住・二地域居住など、県北地域でのゆったりと豊かなライフスタイルを発信、推進している。今後は、東京都心に近く人口増加傾向の南西部の発展が続くと予想されている。逆に北部は過疎地域が増加する傾向にあるため、衰退の可能性も孕んでいる。